
サークルを「仲良しサークル」として運営する
サークルは大体3種類ある 私はあまり多くのサークルを見てきたわけではないので推測も混ざりますが、多分サークルって3種類くらいあると思っています。 「大きなサークル」 多くのサークル運営者が目標にする(べき)形だと思います。 多くの部員を抱え、多数の企業などとのコネクションを持ち、積極的にいろいろな活動が行われています。機材や資金は潤沢で、やりたいと言えばなんとかなる、そんなサークルです。 「枠組みサークル」 「アニメ」や「コンピューター」など、何かの括りにおいて人が集まっているサークルです。 「大きなサークル」のように多くの部員を抱えている場合もありますが、明確な活動は少なく、個々がやりたいことをやっています。「大きなサークル」に比べると資金などは少なく、チームで何かをするといった風潮はあまりないサークルです。 「仲良しサークル」 友達同士、いわゆる「いつメン」によって構成されるサークルです。 構成人数は少なく、明確な意思決定のフローなどがないため、突発的に活動したりしなかったりします。 メンバー同士の信頼関係によって成り立っているため、ひとつ大きなトラブルが発生すればそれだけでサークルごと傾いたりします。 きっかけ きっかけは年度が変わる直前、ふとしたきっかけから、サークルのPVを作成することになったことでした。この際、それまでは有耶無耶だったサークルの方向性を急激に固める必要がありました。 突然深夜に幹部が招集され、それぞれの意見を出し合いながらサークルの未来を考えることになります。 普通にぶいちゃをしたい 実はOUSーー岡山理科大学には既に「コンピューター系」の大きなサークルがあります。これに対して、自分たちはどのような立場を取りたいかが大まかに話の焦点でした。 その中で、下記のような意見が出ていたように記憶しています。 「VR」や「メタバース」のようなバズワード(?)に乗っかりたくはない。 もっと本質的に、自分たちが好きなこの世界をもっと楽しむためのサークルでありたい。 形だけのサークルにはしたくない。せっかくサークルとしてあるなら、なにか活動はしたい。 この議論の結果、PVの方向性はVRChatでの「生活」に焦点を当てて作ることになりました。それと同時に、OUS Metaverseは「仲良しサークル」としての運営が行われるようになっていきます。 本当に「大きなサークル」が必要か? これは私の個人的な考えですが、正直「大きなサークル」というものにあまり価値を感じませんでした。(私は逆張りオタクです。) その理由を詳しく書くとある種のヘイトスピーチになりそうなので避けますが、いくつかを大まかに書くと下記のような理由です。 ある程度社会経験があり、集団を率いたことのある人間が多数いるのなら別だが、そうでない寄せ集まりの大学生ができることは限られている。 どれだけ頑張っても基本4年でメンバーは総入れ替えになり、長期的なプロジェクトの実行が難しい。 なにか「やりたい」と発言したり、企業とのコネクションによる恩恵を受けられるのは大抵一部だけで、それ以外の人達にとっての意義が薄くなってしまう。 特に私たちが活動するメタバースでは、これらの理由が顕著に出てくると思っています。場所や年齢に関係なく沢山の人と交流できますし、その中でなにか「やりたい」と思ったら、大学サークルよりもそこら辺のフレンドとタッグを組んだ方が多分スムーズに良いものを作れると思うからです。 そう考えた時に、大学サークルとしてでしかできないこと。それは「青春」だと私は思います。 良かったこと 楽しかった。もちろんサークル運営のために奔走していたからという理由もありますが、純粋に後輩たちも含め「あーだこーだ」言いながら作りたいものを作っていく過程は、本当に最高の時間でした。 特に、学祭に向けて「ハプティクスグローブ」(VR上でモノに触れると、触れた場所が振動するグローブ)を作ってほしいと後輩たちに頼んだとき。日も暮れてるのに電子工作がわからないからと教授の部屋に凸り、ヒントを貰って「よっしゃわかった!やるぞ!!」と作業スペースに戻っていく光景はまさに「青春」そのものでした。 また、サークル全体として色々な活動ができたように思います。サークルPV制作、「#今週のOUSMetaverse」、Vket出展、大阪万博旅行、学祭での開発プロジェクトなど。どれも突発的に「やらない?」と言って始まったものです。お互いがお互いのことを理解しているだけに、どういう活動をするか、どう担当を振り分けるかなどが非常にスムーズでした。 反省 しかし、もちろん悪いこともありました。それは概ね下記の3つです。 アクティブなメンバーとそうでないメンバーで格差が非常に大きくなってしまった。 どうしても「内輪ノリ」が蔓延してしまった。 次の世代に引き継げるものが少なかった。 二つ目は「仲良しサークル」なので多少仕方のない部分があるとして、それ以外はサークルにとって致命的です。 どうしても仲良し同士の会話で物事が決まってしまうことが多く、頻繁に顔を出すメンバーはまだしも、そうでないメンバーにとっては「今サークルが何をしているのかが分からない」が頻発していました。そのまま顔を一切出さなかった人達も多かったのが事実です。 また活動の多くが自分たちのやりたいことで完結しているため、「どうやって活動すべきか」すらほとんど残せていません。まっさらな状態から次の活動をどんどん思いついてリードできる人が毎回代表になるなら良いかもしれませんが、現実はそうではないので、今後どうなっていくのかは未知数です。 「仲良しサークル」として運営する覚悟 私たちの最大の失敗は、人を無条件に入れ過ぎたことです。「仲良しサークル」である以上、既に仲良しな人、もしくは仲良くなれそうな人のみを受け入れ、それ以外の人はお断りするべきでした。この部分が優柔不断だったことによって、いわゆる幽霊部員を多く誕生させてしまいました。 「そんな過激な…」と思われるかもしれませんが、ここでしっかりボーダーラインを設けることが、「仲良しサークル」として運営する覚悟であり、取るべき責任だと私は思っています。 せっかくサークルに興味を持って入会して会費まで払ってもらっているのに、なにも楽しみを提供できていない。これはサークルを運営する立場としては深く反省すべきことだと思います。 「なら仲良くなろうとすればいい」と思われるかもしれませんが、それで仲良くなるにはお互いの歩み寄りが必要ですし、使命感で仲良くなろうとがんばるのは、私が作りたかった「仲良しサークル」の姿ではないのです。 「あとで仲良くなればいい」などと思考を放棄し、とりあえず人は多い方が良いと盲目的に信じて無責任に勧誘・受け入れてしまったこと、これが私たちの最大の反省点です。 …いや。「仲良しサークル」として運営すること自体が間違いなのかもしれません。いや、きっとそうなのでしょう。 サークルの入口に「仲良くなれそうか?」などというボーダーラインを設け、仲良しだけが入れるサークルにする。果たしてここに「サークル」である意味はあるのでしょうか? この理想論は、最初から破綻していたのかもしれませんね。 著者:みねたけ(OUS Metaverse) サークルXアカウント @OUSMetaverse サークルBlueskyアカウント @ousmeta.com